ヘッセの「少年の日の思い出」をドイツ語で読みたい

ドイツ語は分からないけど。『そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな』

Day6 さりげないが、後で効いてくる一文

Er bat darum und ich ging hinaus, um einige von den leichten Pappkästen zu holen, aus denen meine Sammlung bestand.

 
蝶のコレクションをお目にかけようか、の問いかけに対して客人は見せてくれと言いました。私がどうしても見せたいというより、客人が見たいといったから見せたというニュアンスを持たせています。この後、客人はコレクションを見ますが、突然もう結構だと言います。見たいと言ったのは彼なのに、突然見たくないと不機嫌になる場面を強調するための一文でもあります。さりげない一文ですが、後で効果をもたらす巧みなテクニックですね。
 
 
発音
Er bat darum und ich ging hinaus
e:ɐ̯ bat da:ʁʊm ʊnt ɪç gɪŋ hɪnaʊ̯s
 
um einige von den leichten Pappkästen zu holen
ʊm aɪ̯nɪgə fɔn  de:n laɪ̯çtən papkɛstən t͡su:  ho:lən
 
aus denen meine Sammlung bestand.
aʊ̯s de:nən maɪ̯nə zamlʊŋ bəʃtant  
 
音声で聞いてみましょう。
 

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意味解釈

 

【独】①Er bat darum ②und ③ich ging hinaus, ④um einige von ⑤den leichten Pappkästen ⑥zu holen, ⑦aus denen meine Sammlung bestand.

【英】①He asked for it ②and ③I went out ⑥to get ④some of ⑤the lightweight boxes that make up my collection.

【日】彼がそれを見せてほしいと言ったので、私は収集の入っている軽い厚紙の箱を取りに行った。

Day5 蝶のコレクションをお目にかけようか

„Seit einem Jahr habe ich sogar wieder eine Schmetterlingssammlung. Willst du sie sehen?“

 
突如として蝶集めの話を始めました。この話のキーワードですね。1年前から始めた趣味で、それまではしばらくやっていなかったことを示唆しています。「それらを見たいかい?」を「お目にかけようか」と訳している高橋氏のセンスが素晴らしいですね。
 
 
発音
ザイト アイナム ヤー ハーベ イッヒ ソガー ヴィダー アイネ シュメッターリングザムルング. ヴィース ドゥ ズィ ズェーン?
 
音声で聞いてみましょう。
 

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意味解釈

 

【独】„①Seit einem Jahr ②habe ich sogar ④wieder ⑤eine Schmetterlingssammlung. Willst du sie sehen?“

【英】"①For a year ②I've ③even ②had ⑤a butterfly collection ④again. Do you want to see them?"

【日】1年前から、僕はまた、蝶の採集をやっているよ。お目にかけようか。

 

seit 「以来」 (英)since

einem  1つの

Jahr  年 (英)year 

habe ich それぞれ英語の "have"と"I"です。ドイツ語は語順が比較的自由!

sogar  [ゾガーる] それどころか、・・・さえも(英)even

wieder 再び(英 again) 

 

du willst 〔現在〕< wollen  辞書にはこのように載っています。

wollen [ヴォレン] ...するつもりだ、...しようとする 

英語でいうところの"will"に相当する助動詞ですね。変化形が辞書にこう書かれています。

直説法現在

ich will  私は~するつもりだ

du wollen 君は~するつもりだ

er/sie/es will 彼/彼女/それは~するつもりだ

ihr wollt 君らは~するつもりだ

sie/Sie wollen 彼ら/あなたがたは~するつもりだ

英語ではwillだけ覚えてりゃよかったものを、ドイツ語ではこれだけ覚えなければならないんですね。

sehen (視覚的に)見える、(意図的に)見る

原形になっているあたり、おそらく英語と同じようにドイツ語も助動詞のあとでは原形を使うのではないだろうかと推測。

 
 
ポイント

Schmetterlingssammlung [シュっター・リんぐスんぐ]

 

また長い単語ですね。Schmetterling(s)が「蝶」、Sammlungが「収集」です。Sammlungの動詞はsammeln [ザメルン]で(英)のcollectionに相当するんですね。

Day4 少年時代の回想への導入

„Seit ich Kinder habe“, sagte ich, „ist schon manche Gewohnheit und Liebhaberei der eigenen Kindheit bei mir wider lebendig geworden.“

 
「子供ができてから」と始める語り手。幼い頃の習慣や楽しみがよみがえってきたという一文です。
 
 
発音
ザイト イッヒ キンダー ハーベ 
サグト イッヒ
イスト ション マンヒェ ゲヴォンハイト ウント リープハーバライ デア アイゲネン キンドハイト バイ ミア ヴィダ リペンディヒ ゲヴォルデン 
 
 
音声で聞いてみましょう。
 

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意味解釈

 

【独】„①Seit ②ich Kinder habe“, ③sagte ich, „ist schon ④manche ⑤Gewohnheit und ⑥Liebhaberei der ⑦eigenen Kindheit ⑧bei mir ⑨wider lebendig geworden.“

【英】"①Since ②I've had children," ③I said, "④some of the ⑤habits and ⑥hobbies ⑦of my own childhood ⑨have come back ⑧to life in me."

【日】「子供ができてから」と私は言いました。「自分の子供時代の習慣や趣味のいくつかが私の中でよみがえってきたよ」

 

 
ポイント

habeの変化を覚えます。「原形」はhabenですね。

 haben

現在形(単数)

現在形(複数)

過去形(単数)

過去形(複数)

1人称

ich habe

wir haben

ich hatte

wir hatten

2人称

du hast

ihr habt

du hattest

ihr hieltet

3人称

er hat

sie haben

er hatte

sie hatten

1人称は複数形になるときe→enになっていることに気づきます。他の動詞もだいたいそういう傾向にあるようです。

Day3 Gute Nacht(おやすみなさい)

Wir sprachen, da eben mein jüngster Sohn uns „Gute Nacht“ gesagt hatte, von Kindern und von Kindheitserinnerungen.

 
幼い日の思い出話を始めるきっかけを説明していますね。子供がベッドに行く時間帯ですから、夜8時や9時といったところでしょうか。ドイツ語は比較的語順が自由と言われているそうです。この文章を語順そのままに訳すと、
私たちは話した―私の末の男の子が私たちに「おやすみなさい」と言ったので―子供や幼い日の思い出について。
初版ではkleiner(幼い)だった表現がjüngster(最年少の)に変わっています。ヘルマン・ヘッセは「クジャクヤママユ」の初稿を書いた1911年、三男が誕生しています。後に改稿した際に、読者にどのような子供かを少しでもイメージさせるために具体化したのかもしれませんね。
 
 
発音
ヴィ シュプラーヘン、 ダ イーベン マイン ユングスター ゾォン ウンス "グーテ ナフト" グザークト ハッテ、フォン キンデルン ウント フォン キントハイツエアイナウンゲン
 
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意味解釈

 

【独】①Wir sprachen, ②da ③eben ④mein jüngster Sohn ⑤uns ⑥„Gute Nacht“ ⑦gesagt hatte, ⑧von ⑨Kindern und von Kindheitserinnerungen.

【英】①We talked ⑧about ⑨children and childhood memories, ②because ④my youngest son ⑦had ③just ⑦said ⑥"good night" to ⑤us.

【日】④私の末っ子が ⑤私たちに ③ちょうど ⑥おやすみなさいと ⑦言った ②ので⑨子供や子供の頃の思い出 ⑧について ①私たちは話した

 
 
ポイント

Kindheitserinnerungen

ドイツ語らしい長い単語ですね。ドイツ語の名詞はいろいろな言葉を組み合わせて説明的に単語を作っていきます。この単語は、Kindheit(子供のころ)とErinnerung(記憶)を組み合わせた単語です。

前半はKindheits[キンドハイツ]と複数形になっているので、後半もErinnerungen[エアイナウンゲン]と複数形になっています。「r」の発音は難しいですね、猫がごろごろ喉を鳴らすような音だそうです。とりあえずカタカナ表記では[エアイナウンゲン]としています。

Day2 詩的な情景描写

Vor dem Fenster lag weit hinaus der bleiche See, scharf vom hügeligen Ufer gesäumt.

 
 第2文。美しい詩的な文章です。高橋氏はこう訳しています。
―窓の外には、色あせた湖が、丘の多い岸に鋭く縁取られて、遠くかなたまで広がっていた。
 
 
発音

フォア デン フェンスター ラグ ヴァイト ヒノイス デア ブライヒェ ジー

シャルフ フォン フーゲリゲン ウーフェ ゲゾイムト

 
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意味解釈

 

【独】①Vor dem Fenster ②lag ③weit ④hinaus ⑤der bleiche See, ⑥scharf vom ⑦hügeligen ⑧Ufer ⑨gesäumt.

【英】⑤The pale lake ②lay ③far ④out ①in front of the window, ⑥sharply ⑨edged by the ⑦hilly ⑧shore.

【日】⑤淡い湖は  ①窓の前に⑦丘陵の ⑧岸⑥鋭く ⑨縁取られ③遠く ④彼方まで ②広がる

 
 
ポイント

 

⑥と⑦の間のvomは何でしょう?ドイツ語辞典によると、

vom [フォン] 《前置詞vonと定冠詞demの融合型》→von, der[冠]◆.

とあります。vomの下に前置詞vonの見出しが出ていました。英語ではfromとかbyとからしいです。定冠詞は英語のtheだから、from theとかby theという意味ですね。この場合、湖が丘陵の多い岸によって形が作られるという意味ですね。う~ん、詩的。

 

Day1 洗練された名作の書き出し

Mein Gast war von einem abendlichen Spaziergang heimgekehrt und saβ nun bei mir im Studierzimmer noch beim letzten Tageslicht. 

 
 文学作品は書き出し(冒頭文)の印象が大事ですから、きっとヘッセもこだわったことでしょう。初版ではMein Gast(私の客)の名をハインリッヒ・モールとしていましたが、ヘッセは改稿した際にはそうした細部は省略しました。より洗練した冒頭文をめざしたのでしょうか。この一文で、話し手の状況がよくわかります。
 筆者と「客」は、さきほどの夕方の散歩から帰ってきたばかりです。書斎で少し話をしましょうか、とお互い座って思い出話を始めようとしているところです。この後の文章で明らかになりますが、筆者も蝶のコレクションを持っており、それを見た客人が「少年の日の思い出」話を始めます。この物語の主人公、すなわち「ぼく」というのはこの客人で、筆者は彼の話を書き起こしているのです。
 
 
発音
マイン ガスト ヴァー フォン アイネム アーベントリッヒェン シュパッツィアガング ハイムゲケーアト ウント サス ヌン バイ ミア イム シュトゥディアッツィマー ノッホ バイム レツウン ターゲスリヒト
 
音声で聞いてみましょう。
 

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意味解釈

 

【独】①Mein Gast war von ②einem abendlichen Spaziergang ③heimgekehrt ④und ⑤saß ⑥nun ⑦bei mir im ⑧Studierzimmer noch beim ⑨letzten ⑩Tageslicht. 

【英】①My guest ③had returned from ②an evening walk and was ⑥now ⑤sitting  ⑦with me in my ⑧studyroom in the ⑨last of ⑩the daylight.

【日】①私の客②夕方の散歩から ③帰って④そして、⑨残りの ⑩昼間の明るさの中で ⑥今はもう 私の ⑧書斎で ⑦私のそばに ⑤腰掛けている。

 
 
ポイント

 

③のheimgekehrtは「家に帰る」という意味のheimkehrenの過去分詞形です。ドイツ語の動詞も、英語と同じように時制によって変化します。

次のように語形変化するそうです。ドイツ語の動詞の原形はすべて-enで終わるのが特徴なんですね。

 原形    現在分詞   過去分詞

heimkehren - heimkehrend - heimgekehrt :帰宅する

 

改めて、「少年の日の思い出」を原著で読む

気づけば前回の投稿から2年経っていました。私はドイツ語とは無縁の普通の会社員なので、この2年間、ドイツ語をまったく勉強していません。でも、ヘッセの「少年の日の思い出」を原著で読みたい・・・という思いは変わってはいないのです。

 


さて、前回の記事では「少年の日の思い出」と「クジャクヤママユ」は微妙に異なることを説明しました。私がここまで訳してきたのは原著「クジャクヤママユ」でした。原語ではDas Nachtpfauenauge [ダス ナフトファウエナウガ]です。

しかし、皆さんが中学の頃の国語の教科書で読んだのは、これをヘッセ自身が改稿した「少年の日の思い出」なのです。原語ではJugendgedenken[ユーゲントゲデンケン]です。

 


どう書き直したかというと、私もこれから読むのでわからないのでとりあえず調べたのですが、金沢大学の佐藤文彦先生の「ヘッセ『少年の日の思い出』(1931) : 『クジャクヤママユ』(1911)との異同をめぐって」という論文によれば、話の筋に大きな差はないそうです。「少年の日の思い出」への書き足しはほとんどなく、削除や書き換えを行ったようです。

 


ヘッセがDas Nachtpfauenaugeを書いたのは1911年、それをJugendgedenkenに改稿したのは1931年。このときに、Das Nachtpfauenaugeの1文目に出てきたハインリッヒ・モーアなる人物の名前を削除したのです。どうりで、こんな人物出てきたっけ?と思ったわけです。

 


余談ですが、上記の佐藤先生の論文を読んでいて特に面白い記述が、

「ぼく」がクジャクヤママユの捕獲にとどまらず、破壊まで犯したことを知ったエーミールは、「そうか、そうか、つまり君はそんな奴なんだな」という、(少なくとも日本の中学生の間では有名な)せりふを発する。

とあります。佐藤先生、そうそう、そうなんですよ!日本の中学生の間では有名、その通りです。私も中学時代にこの言葉を何度友人に使ったかわかりません。

 


 私が国語の教科書で「少年の日の思い出」を読んだのはもう15年以上も前ですが、今でも中学国語の教科書には採用されているそうです。「美に魅せられた少年が盗みを犯してしまう、人間存在への本質的な問い」を扱っているとかなんとかいう理由で、古典的な作品として今でも読み継がれているそうです。

 


 もしかすると、「少年の日の思い出」の中間テスト対策としてここにたどり着いた中学生の皆さんもいるかもしれません。でもテスト対策は期待しないでください。今はただドイツ語とは無縁な会社員生活を送っている筆者が、ヘッセの名作を原著で読みたいなあと単純に思っている気力だけで書いているブログです。いつ完遂するかわかりませんし、完遂するのかすらわかりません。3年以内には読み終えたいなと思っています。